ケースも文字板もガラスも、なだらかな曲線を描く腕時計。側面から見た姿から、バナナ・ウォッチと呼ばれています。このカーブを生み出したのは、いわゆる人間工学的な『時計の形は手首のラインに添うべきである』といったアプローチによるものではないと思います。ふつうは平らなものを、わざわざ大変な手間をかけても曲げて作りたいという、純粋に工芸的な作り手の衝動を強く感じます。

この時計のオリジナルモデルが生まれたのは1916年のこと。ロシア帝国・ロマノフ王朝からの依頼で19世紀から数多くのペンダントウォッチなどを献上していた実績のあるTISSOTが、帝政ロシアが革命により終焉を迎える直前に完成させたもの。
それから100年の歳月を経てTISSOTの定番モデルとして復活を果たしたバナナ・ウォッチを手にすれば、誰でも帝政ロシア時代の優雅な曲線を楽しめます。そこに流れるのは、やわらかい時間です。

100年前には貴族的な趣味だったスタイルは、現在の視点で見ると肩肘張らず適度な抜け感のあるエフォートレスな雰囲気が感じられるのも興味深いです。この時計は基本的にはメンズウォッチなのですが、女性がつけてもおかしくない。いや、むしろ似合っているかも。という流れで彼女専用になってしまうかもしれません。そんな事態にならないように、ペアウォッチにするという選択もありますね。